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片付いていない汚い家の中が当たり前だった

   

写真素材足成から使わせていただきました。

写真素材足成から使わせていただきました。

こんにちは!マトリョーシカ鈴木です。今日はご訪問ありがとうございます。

わたしは片づけられない女です。そして、今は亡きわたしの母もそうでした。

程度は時期によって様々でしたが、わたしは常に家の中が片付いてない汚い状態の家で育ちました。

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すぐに他人に家に上がってもらうなんて到底無理な家

すぐに他人に家に上がってもらうなんて到底無理な家です。

母は狭い社宅のせいにしていましたが、広い実家に引越してからも同じ状況だったので、せまさは関係なかったと思います。

子ども部屋ももちろん片づけることができず、乱雑を極めました。

いつも汚い、片づけろと母は気まぐれにわたしやきょうだいを叱るのでした。

叱られても片づけられるようにはなりません。

ものがおおすぎ、片づける場所がなく、片づけ方もわからなかったし、なにをもって片づけたという状態なのかもわからなかったのです。

自分が普通の家で育ってないことは幼いころからわかっていましたから、そういういみではずっとウツ状態でした。

いえのなかが汚いことは他人には「秘密」でした。

家庭訪問があるときだけ、母が必死になって家の片づけをしていたのを思い出します。

自分の家の恥を知られないために、自分の自尊心を守るために、学校では優等生をやっていました。

そうやって大学まで実家で過ごして、わたしはそののろわれた実家を出て就職し一人暮らしをはじめました。

一人暮らしをしても片づけ方がわからないので、ドロボーが入ったあとのようなちらかった部屋で暮らしました。

結婚して、夫との共有スペースはすこしはましにしようとしていましたが、ついだらしなく暮らしてしまっていました。

思いつめてたどりついた精神科でわたしは発達障害と診断される

会社をやめて子供ができるまでは比較的家の中をきれいにして暮らしていたと思います。

子どもができてからはまた家の中はぐちゃぐちゃになり、夜昼逆転し…夫にも当然責められました。

思いつめてたどりついた精神科でわたしは発達障害と診断されます。

さらに数年後、やっと自分に合う薬を処方され、ある程度家の中を片づけて家事が回るようになってきたのでした。

今思うと亡き母も発達障害があったのだと思います。

わたしの娘もまた片づけられません。わたしは叱りません。いつもつきあいます。スモールステップで指示出しをします。

「まずは洗濯するものをかごにもっていって」
「ゆかにちらばっている塾のものだけここに集めて」
「学校のものはここにおいて」
「机の上のものも塾のものと学校のものに分けて」
「ペン類はこの箱にいれて」

1つ1つ指示出しをしてやり、ある程度片付いたらいいことにして掃除機はわたしがかけてあげます。
きげんがよいときは自分である程度してくれることも増えてきました。

わたしはよい片づけ方を教えてあげることはできませんが、それでも、片づけられなくて困っている子供によりそってやることはできていると思います。

子どもには申し訳ないけど、それ以上はお母さんもこれからできるようにがんばるとしかいえないです。

本日は最後までお読みいただきありがとうございました。また読んでいただけるようにがんばります。

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