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子どもにお手伝いをさせるのと家事を丸投げすることは違うと思う

   

写真素材足成から使わせていただきました。

写真素材足成から使わせていただきました。

こんにちは!マトリョーシカ鈴木です。今日はご訪問ありがとうございます。

子どものお手伝いって、教育、しつけとしてもとても大事だといわれていますよね。

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大人が教えてよりそって、正しい家事を教えてあげるようなスタイル

家庭の中で自分の役割があり家族のために役立つことができるのって、子供の成長に役立つし、将来大人になった時に、家事能力が身についてとてもいい、などというのをよく聞きます。

わたしもそれはとても理解できます。大人が子どもの時間を大事にしつつ、大人が教えてよりそって、正しい家事を教えてあげるようなスタイルだったら理想的だなと思います。

一方で、子どもに家事をさせる、家事を丸投げするのって、ちょっと違うんじゃないかと思うんですね。

わたしの亡き母は家事が嫌いな人だったので、中学のときからお弁当を自分でつくるようにいわれたりとか(作ってくれることもありましたが、自分でつくったりパンを買ったりすることも多かったです)、洗濯をしたり、買い物やクリーニングに行ったりというお手伝いをよくさせられていました。

母は思うようにならないときにしばしば「ろくに手伝いもしない」と子供をののしることがありました。

それでも中高時代は受験もあるので母も遠慮があったようですが、大学に入ってしまうともう受験もないということなのか、母も仕事が忙しくなって、毎日の食事の買い物と料理、洗濯やクリーニングに行くことなどもわたしがするのが当たり前になってしまいました。

きちんとした料理や家事の仕方など教えてもらったことはなかったと思います。

アルバイトや外出も制限され、青春時代を奪われた

毎月オレンジページを買ってきて見様見真似で料理をつくり、母は褒める努力をしていましたがやはりダメ出しもするので、落ち込みながらそれでも「大学に行かせてもらっている恩があるからがんばらなければ」と思って手探りで家事をしていました。

両親の仲が悪かったのを取り持つような気持ちもあって、毎晩父の話し相手もわたしがしていましたし、わたしは「このまま実家にいたら自分が無くなってしまう」と強く絶望的に感じました。

今振り返ると、両親もわたしに愛情はあったし、悪気はなかったのでしょうが、搾取する親、毒親の一種であったと思います。使用人のように扱われました。アルバイトや外出も制限され、青春時代を奪われたと感じます。

就職するときに、自宅から出られる企業ばかりねらって受け、就職と同時に実家を離れました。その後3年くらいかかって頭の中の両親の束縛から逃れることができたと思います。

母の晩年、「わたし大学時代毎晩ごはんをつくってあげていたよね」と思い出話をすると「そうだったっけ?」と母はいいました。母の中ではわたしのおさんどんはなかったことになっていました。

亡き両親ともにたぶん発達障害だったと思いますし、両方とも家庭に恵まれずそんなによい育ちをしているとも思えないので、わたしのしつけや、育児が不十分だったことも今はそんなにうらみには思っていないです。

いまは亡き両親を反面教師にして、子どもの子供時代をしっかりすごさせることを大事にしています。なので、わたしは本当に困った時と、宿題にお手伝いが出たとき以外は、子どもに家事をさせていません。

まったくさせないのもよくないのでしょうが、子どもの子供時代を奪うよりはましなんじゃないかと思っています。

家事を教わったことがないので、教えることはどうしたらいいかわかりませんが、家事を一緒にやることはあります。たまに一緒に家事をするくらいで、我が家はちょうどいいんじゃないかと思っています。

本日は最後までお読みいただきありがとうございました。また読んでいただけるようにがんばります。

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